2008年01月13日

アレクサンデル・ムニョスの戦跡

2002年3月9日、セレス小林と対戦、セレスから計5度のダウンを奪い8RTKO勝ち、WBA世界スーパーフライ級王者になる。

2002年7月31日、小島英次と対戦、わずか2RでのKO防衛に成功した。

2003年10月4日、本田秀伸と対戦、本田の見事なディフェンスにより、それまで続けていた連続KO勝利のレコードが止まってしまう。しかし圧倒的な手数と優勢に試合を進めて判定勝ちを収める。

2004年1月3日、小島英次と再戦、10RTKO勝ち、3度目の防衛に成功。

2004年12月3日、暫定王者マルティン・カスティーリョと王座統一戦、この試合でムニョスは、人生で初のダウンを喫し、12R判定負けで、自身のパーフェクトレコードに土をつけると同時に、2年9ヶ月守り続けてたベルトも失った。

その後再起し、地域タイトルを獲った後、2006年1月21日、カスティーリョと再戦する。しかしこの試合もカスティーリョを倒せず、12R判定負け。

ちなみに2度目の防衛戦はトリプル世界戦のカードの一つであり、ほかにはWBA世界バンタム級暫定王者決定戦「戸高秀樹VSレオ・ガメス」やWBC世界バンタム級「ウィラポン・ナコンルワンプロモーションVS西岡利晃」と豪華なカードが組まれていた。

2007年5月3日、名城信男の持つWBAスーパーフライ級王座に挑戦し12回判定で勝利し、2年半ぶりの王者に返り咲いた。なおこの試合もトリプル世界戦で、他にWBC世界バンタム級「長谷川穂積VSシンピウェ・ベチェカ」、WBA世界スーパーフェザー級「エドウィン・バレロVS本望信人」が行われ、注目を集めた。

2007年9月24日初防衛戦で相澤国之の挑戦を受け、3-0の判定勝ちで退けて防衛に成功し、自身通算4度目のWBA世界スーパーフライ級王座防衛を果たした。

2008年1月14日、横浜文化体育館で元WBC世界スーパーフライ級王者川嶋勝重と対戦。自身にとっては7度目の日本での試合となる。
posted by ムニョ at 06:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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