2008年01月13日

川嶋勝重の戦跡

1997年2月20日、2RKOでプロデビューを勝利で飾る。
同年11月、東日本スーパーフライ級新人王獲得。全日本新人王は、中野博に敗れ戴冠ならず。

2000年12月11日、東洋太平洋スーパーフライ級王者ジェス・マーカ(フィリピン)に挑戦するも、12回判定負けで王座奪取ならず。

2001年8月27日、元WBA世界スーパーフライ級王者ヨックタイ・シスオー(タイ)とのノンタイトル戦に10回判定勝ち。世界ランク入りを果たす。

2002年4月20日、佐々木晋吾(木更津グリーンベイ)を10回判定(2-1)に下し、第25代日本スーパーフライ級王座獲得。1度防衛後タイトル返上。

2003年6月23日、世界初挑戦。WBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守(金沢)に挑むが、12回判定負け(0-3)を喫し、世界王座獲得ならず。

2004年6月28日、徳山に再挑戦し、1回1分47秒TKO勝ち。王者のV9を阻み、悲願のWBC世界スーパーフライ級王座獲得。以後2度防衛。

2005年7月18日、3度目の防衛戦で徳山と3度目の対戦。最終12回にダウンを奪った以外は見せ場らしい見せ場を作ることが出来ず、結局12回判定(0-3)負け。前王者の王座奪回を許す。

2006年9月18日、WBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦で同級4位のクリスチャン・ミハレス(メキシコ)と対戦。2回にダウンを奪うものの、12回判定負け(1-2)を喫し、世界王座返り咲きならず。試合後、現役引退を表明した。

2006年10月19日、前戦の小差判定に「軽率に引退を口にしたが、あの1ポイントの悔しさが込み上げてきた」と引退を撤回、ミハレスとの再戦を要望。

2007年1月3日、WBC世界スーパーフライ級王者ミハレスと再戦。前半はミハレスがアッパーを巧打し、川嶋がボディブローで押し返すという展開だったが、10Rに川嶋はダウン気味のスリップを奪われ、立ち上がったところで連打を纏められてTKO負け。世界王座の奪還はならなかった。

2007年6月4日、一度は引退を表明したものの再度復帰。3RでKO勝ち。

2008年1月14日、横浜文化体育館でWBA世界スーパーフライ級王者アレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ)に挑戦予定。
posted by ムニョ at 06:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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